ネルシャツ分隊

ネルシャツ分隊の戯言

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『十三人の刺客』観たの巻

『十三人の刺客』 監督 三池崇史
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前々から分隊員の面々にもうちょっとメジャーな映画を取り上げろと言われていたので、べつに恫喝に屈したわけではありませんが、超メジャー監督三池崇史の超メジャー配給会社東宝による超メジャー映画『十三人の刺客』を取り上げたいと思います。

内容はバカ殿を参勤交代の途上で暗殺するって話で、工藤栄一監督の同名作品のリメイクです(所謂、集団抗争時代劇の先駆的作品です)。
端的に言っておもしろかったですよ。特に文句はありません。観ればそれなりに楽しめますよ。請け合います。
というのが分隊員向けのコメントです。ここからもうちょっとだけ掘り下げて、二三気になった点を述べさせて頂きます。

まず残酷描写についてですね。というか現代映画につきまとうあの描写の過視化(可視化ではない)の問題です。
スピルバーグの『プライベート・ライアン』以降、映画の進歩の象徴であるVFXが助長したのは身体破壊の問題で、腕が飛ぶ、足が飛ぶ、臓物が飛ぶ、とスプラッタ映画でもないのに無駄に残酷な描写が多くなりました。それに伴い無情なエピソードも増えたんですが、それもまあ映画の流行でして、仕方ないとは思いながら、やっぱり生理的には嫌でした。
この映画でもバカ殿の所業の数々が残酷なエピソードとして劇中で提示されていましたが、ここらへんの問題を上手く処理していたなあ、と思いました。首はけっこう飛んでいたんですが、刀の陰に隠れたり、腹切りや残酷なシーンは殆どフレーム外で行われて観客には見せないように処理していて、超メジャー映画ですから単純に映倫とのギリギリの攻防があったというのもあるでしょうが、もう残酷描写はいいよと思っていたので、なかなか好感を持てました。いい加減この種のゲームは終わっていいと思っていましたから。
まあ、三池崇史だから首が飛んだり、両手足のない娘が出てきたりするんですけどね。

娘ということでもう一点。この映画に出てくる女性がなぜかみんな魅力が無い。女優が悪いってわけではなくて、美しく撮ろうとしていない、むしろ醜く撮ろうと努力している節がある。お歯黒とかって確かにこの時代の既婚女性はみんなする習わしなんですけど、映画でわざわざやる必要はないと思います(誰も正確な時代考証なんて気にしませんからね)。あえてやろうとするのはやっぱり意図的なものを感じました。
たぶん趣味の問題ですね。はっきり言って悪趣味です(悪趣味はべつに否定的な言葉ではないと思ってます)。
ただこの悪趣味さも描写として活きてくるシーンもありました。例えばバカ殿の初登場の小便のシーンとか村をあらためた際の子供の小便とか(全部小便ですね)。しかしながらラストシーンの夫を迎え入れる吹石コーチの娘はやっぱり拍子抜けします。美しく撮ってあげてよかったのでないかと思います。まあ、頓着がないのかもしれませんね。スピルバーグなんかもそうです。

最後に一点。キャラクターの問題です。というか作劇の問題かも。
劇中で再三、主人公が「天下万民の為~」とか言うんですが、見てもらえば判ると思うんですが、この映画に通底するテーマって平和な時代の武士道(死ぬ事と見つけたり、的なね)や忠義をどのようにして自己実現するか、みたいな感じなんですけど、それと「天下万民~」はまったくべつのベクトルの問題のように思え、ここに作劇上の錯誤があるように思いました。
あくまであの暗殺計画に集まった十二人(十三人でないのは映画を見れば判ります)は将軍の弟を誅殺する為に無理を通すことを、自身の武士道の自己実現に重ねているのであり、「天下万民の為」という大命題は問題にしていないはずだと思います。
主人公が方便として「天下万民の為」というのは問題ないのですが、映画の終盤にそれを本気でいっているかのように描かれている点に問題があると思います。
「天下万民の為」はやはり自己実現の為の方便であるべきだと思います。つまり死に所を求めた挙げ句、「天下万民の為」になる場を得たので、そこで殉じたというちょっとシニカルな感情を感じさせてもらいたかった。
それだけでなく、劇中で「侍とは」的なやり取りが出てくることがあったのですが、それもあまり必要なものだとは思いませんでした。
主人公が計画を聞かされ、決意する時点で、この映画のテーマである「死ぬ事と見つけたり」というのは明示されているのですから、「天下万民の為」も「侍とは」もわざわざ持ち出すことなく、計画に邁進する一同を描けばよいと思いました。
しかし、工藤栄一の『十三人の刺客』はそんな武士道すら奇麗事だと描いてしまうシニカルさがあり、ラストの西村晃が死ぬシーンはちょっとしたトラウマです。
どちらが上かとかは馬鹿馬鹿しいのでやりませんよ。どっちもおもしろかったです。

けれども、こうやって映画について書く段になると、ふと両者の時代の違いを感じます。単純に論点が違う気がしますけどね。三池崇史が悪趣味だといっても、『子連れ狼』なんかも充分悪趣味だったと記憶していますので、歴史というか個人の問題かもしれません。

いろいろ問題点を挙げましたが、楽しめる映画だと思います。良いエンタメです。

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