ネルシャツ分隊

ネルシャツ分隊の戯言

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『北国の帝王』を観た

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ロバート・アルドリッチ 『北国の帝王』

大不況時代の1930年代のアメリカで鉄道のただ乗りをする『ホーボー』と呼ばれる浮浪者とそれを阻止する車掌の対決を軸に映画は展開されるんだけど、アルドリッチらしくシニカルな笑いとひねくれた男の世界を描いた、痛快な作品です。
この手のアメリカ映画の痛快さって、いまもうどこいった?という感すらあるから観ていて微笑ましく思える。

なにが痛快かといえば主要な登場人物の車掌のシャックやホーボーのAナンバーワンに、よく映画だからといって設定したがる過去やトラウマ(カセともいう)がほとんどないこと。
シャックはこれまでホーボーを16人ハンマーを使って殺したことがあるとか、Aナンバーワンは北国の帝王と呼ばれるホーボーの王だ、というくらいの設定しかなく、ただ単純に、この二人が男のプライドを賭けて戦うだけというのが良い。
なんでもかんでもトラウマのせいにしたがるのは作り手の怠慢にしか思えない。もしくはフロイト流?

そうしたアプローチで造形されたキャラクターであるシャックだったりAナンバーワンだったりは、彼らの動機に何の理由もないゆえに鬼気迫るものを感じたりもする。
結局、物語は論理的に説明するのではなく、殴りつけるように有無を言わさないのが大事ということかもしれない。
シャックがホーボーの無賃乗車を説得するのではなく、ハンマーで殴り倒すのと同じことかもしれない。
メタファーだ!とかは言わない。くだらないから。それこそフロイト流?

ここらへんのアメリカ映画のキャラクターは本当によく出来ていると思う。行動に矛盾があるところとか。頭のネジが一個はずれているようなところとか。
まさにアメリカ!って感じがする。
観てみ。

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| yankulfski | 20:04 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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